香港大学ビジネススクール(HKU Business School)は2026年1月、「Hong Kong Economic Policy Green Paper 2026(香港経済政策グリーンペーパー2026)」を公表した。本レポートは、香港経済が直面する構造的課題と、今後の成長機会を多角的に分析し、実践的な政策提言を行うことを目的とした包括的な政策提言書であり、今回で第5版となる。貿易金融、グレーターベイエリア(GBA)におけるスタートアップ・エコシステム、グリーンファイナンス、知的財産(IP)産業、企業価値と社会的価値の両立、住宅問題、救急医療の逼迫、さらにAIやWeb3.0がもたらす雇用・サイバーセキュリティへの影響まで、香港の経済・社会を横断するテーマが網羅されている。
本グリーンペーパーは、HKUビジネススクールの研究者10チームによる実証研究と政策分析を基盤としており、学術的厳密さと現実的な問題解決志向を両立させている点が特徴だ。香港大学のリチャード・ウォン副学長は、政治・経済運営、市民生活、産業高度化といった分野における中核的課題を客観的に検証し、政府や関係機関にとって実行可能性の高い示唆を提示することが本書の狙いであると説明している。
経済分野では、香港の生命線とも言える貿易と貿易金融が重要な論点として取り上げられている。2024年時点で香港の総商品貿易額はGDPの約3倍に達している一方、貿易金融向け融資は減少傾向にある。地政学的変化やデジタル化の進展により、取引の小口化・短期化が進むなか、香港は貿易金融のデジタル基盤を強化し、越境データ連携やデジタル貿易プラットフォームの相互運用性を高める必要があると指摘されている。特に、中国本土や他国・地域とのデータ接続を円滑化することで、香港のハブ機能を次世代型へと進化させる重要性が強調された。
金融分野では、ブロックチェーンを活用したグリーンファイナンスが注目されている。香港はすでに世界初のトークン化グリーンボンドを発行するなど先行事例を持つが、実用面では既存金融インフラとの接続性やスケーラビリティ、規制の明確化といった課題が残る。レポートは、標準化・拡張性・セキュリティの三点を軸に制度整備を進めることで、香港が国際的なグリーンファイナンスの中核拠点としての地位を強化できると論じている。
また、スタートアップとイノベーションについては、2019年以降、香港のスタートアップ活動が世界的なベンチャー投資の減速と歩調を合わせて鈍化している現状が示された。初期資金は比較的潤沢である一方、成長段階での資金不足が多くの企業の拡大を阻んでいるという。これに対し、学術研究と市場の橋渡しを強化し、GBAの産業サプライチェーンと連動した高付加価値分野へ軸足を移すことが、香港再成長の鍵になると提言している。
社会課題に関しては、住宅の深刻な価格高騰と救急医療の過密化が詳細に分析された。住宅分野では、2000年代以降の政策変化により若年層の持ち家取得が極めて困難になり、労働供給や人的資本形成に歪みを生じさせている点が指摘されている。救急医療では、料金調整だけでは問題解決に至らず、一次医療の拡充やAI活用による業務効率化といった構造改革が不可欠だと結論づけている。
さらに、AIの普及が労働市場やサイバーセキュリティに与える影響も重要なテーマだ。研究では、AI導入が雇用成長を抑制する傾向は確認されるものの、その影響は職種や年齢層によって大きく異なることが示された。加えて、生成AIの進化に伴うサイバー犯罪の高度化に対し、防御側でもAIを積極的に活用する必要性が強調されている。
総じて「Hong Kong Economic Policy Green Paper 2026」は、香港が中国本土と世界を結ぶ「スーパー・コネクター」としての役割を再定義し、デジタル化、金融革新、社会制度改革を通じて持続可能な高品質成長へと移行するための道筋を提示している。短期的な景気対策にとどまらず、制度・構造の変革を見据えた提言が示された点で、今後の政策議論に大きな影響を与える内容となっている。














