米紙ニューヨーク・タイムズの報道によれば、トランプ大統領とNATOは、グリーンランドの一部領域に対して米国が主権を有する基地を設置する枠組みについて協議を進めているとされる。交渉に同席した関係者の一人は、この構想をキプロスに存在する英国の主権基地地域(Sovereign Base Areas:SBAs)になぞらえたが、同様の比較はマーク・ウェラー氏の最近の論考でも取り上げられている。しかし、このような主権基地の設置は国際法に違反し、デンマークやNATOが有効に合意できるものではないと考えられる。その理由は、大きく二つの観点、すなわち主権基地そのものの合法性と、先住民族の権利保護にある。
第一に、主権基地の設置に同意できる主体は誰なのかという問題がある。国際司法裁判所(ICJ)のチャゴス諸島に関する勧告的意見では、非自治地域の一部を切り離す行為は、当該地域の人々の「自由で真正な意思」に基づかなければならないとされた。この「人々」が誰であるかの特定は極めて重要である。デンマークによるグリーンランドの主権は、1951年のグリーンランド防衛協定および2004年の改定において米国自身が明示的に承認しており、現代の国際慣行において争いはない。一方で、グリーンランドの住民は憲法上「人民」として認められ、住民投票とその後の交渉による独立の道も保障されている。したがって、仮に米国の主権基地設置に同意できる主体が存在するとすれば、それはデンマークでもNATO事務総長でもなく、グリーンランドの人々自身でなければならない。
この点に関連して、トランプ大統領がグリーンランドを米国が「所有すべきだ」と発言し、武力行使の可能性を排除しなかったことは重大である。仮に主権の移転が行われたとしても、それが威嚇の下でなされたのであれば、「自由で真正な意思」に基づくものとは言えない。さらに、武力行使の威嚇は国連憲章第2条4項に違反し、これは強行規範(ius cogens)に該当する。そのため、このような状況下で行われる主権移転は、国際法上無効と評価される。
キプロスのSBAsをモデルにするという発想も、法的正当性を高めるものではない。SBAsは植民地時代の遺物であり、1960年の独立に際して英国が二つの大規模基地に主権を保持することが認められた。しかし、その主権は無制限ではなく、民間商業活動の禁止、税関や国境障壁の不設置、法制度の調和といった制約が課されている。それでもなお、チャゴス諸島事件で示された原則に照らせば、SBAs自体の国際法上の合法性には疑義が残るとされている。
脱植民地化の時代には一定の容認があったとしても、現代の国際慣行では、軍事基地の設置は主権の切り離しではなく、駐留国に対する限定的かつ機能的な軍事利用権の付与にとどまるのが一般的である。にもかかわらず、トランプ大統領が構想するグリーンランドの基地は、軍事利用に加えて商業開発まで想定する「SBAsプラス」とも言えるものであり、明白な国際法違反に該当する。
第二に、先住民族の権利という観点からも、この構想は重大な問題を孕む。先住民族の土地や資源に影響を及ぼす大規模かつ高影響の措置については、国連先住民族権利宣言に基づき、自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意(FPIC)が求められる。この同意は、環境・社会影響評価や公正な利益配分を伴わなければならない。主権の切り出しによる飛び地の創設は、まさにこの要件に該当し、グリーンランドやイヌイットの制度からの明確な同意なしには許されない。
さらに、2025年のICJ気候変動勧告的意見は、環境法、人権法、慣習国際法上の義務が累積的に適用されることを確認し、厳格なデューデリジェンス義務や環境影響評価の必要性、健全で持続可能な環境への権利を明確にした。グリーンランドの一部を主権的に切り離すことは、デンマークおよびグリーンランド当局がこれらの義務を履行する能力を著しく損なう。通常の外国軍駐留協定のように受入国の主権下で管理される場合には生じない問題であり、グアンタナモの例に見られるように、米国法も国際法も十分に適用されない空白が生じる恐れがある。
本来、北極圏においては資源を巡る競争ではなく、北極評議会の精神に沿った協調が求められる。軍事問題を扱わない同評議会の枠組みの下で、先住民族が完全に参加する形で、非軍事化を志向する拘束力ある合意を検討する余地もあるはずだ。気候変動を理由に、主権的権利を主張することは深刻な違和感を伴う。
二十一世紀の国際法秩序において、「永久に」主権的飛び地を切り出す構想は、国連憲章、強行規範、民族自決権、先住民族の権利、環境および人権義務のいずれにも反する。グリーンランドにおける米国の主権基地構想は、排除されるべきものである。














