ベトナムの電子商取引市場は2024年に320億米ドル規模へと拡大し、前年から27%増という急成長を遂げました。これまで同国では「政令52号(2013年)」とその改正である「政令85号(2021年)」によってオンライン取引やプラットフォーム運営が規制されてきましたが、偽造品の流通、ライブ配信販売、越境取引の取り締まりなどに課題が残っていました。こうした状況を踏まえ、商工省(MoIT)は初の包括的な電子商取引法案を策定し、2025年に国会で審議される見通しです。
今回の草案では、まずプラットフォームを「直販型」「仲介型」「EC機能を持つSNS型」「多機能統合型」の4分類に整理し、それぞれに適用される義務を明確化しました。事業者はすべての販売者の身元確認を行い、外国事業者も含めて本人確認やコンテンツの自動監視を徹底しなければならず、違法コンテンツは通知から24時間以内に削除する義務があります。さらに、大規模プラットフォームには苦情処理体制の整備や3年間のデータ保存義務が課され、ライブ配信の監視やKOL・KOCと呼ばれるインフルエンサーの販売行為も規制対象となります。
越境取引に関しては、外国の直販型プラットフォームには現地代理人の設置が義務づけられ、仲介型やSNS型、多機能型については現地法人を設立し、ベトナム語対応や一定の取引規模を満たすことが求められます。これにより税務や消費者保護の観点から、現地代表者が連帯責任を負うことになり、さらに大規模な外国資本の参入は国家安全保障審査の対象となる可能性も示されました。
また、物流、決済、ITインフラ、電子契約認証といった関連サービスも規制の枠組みに組み込まれ、供給網全体での透明性強化が図られます。注目すべきはアルゴリズム透明性に関する規定で、大規模プラットフォームは監督機関の要請に応じて取引データやアルゴリズムの設計・論理構造を開示する義務を負います。これは規制の強化を意味する一方、知的財産や企業秘密の保護とのバランスが課題となります。
消費者保護では、取引キャンセルの権利拡大や個人データ保護の強化、迅速な紛争解決の仕組みが導入され、販売者には商品情報の正確性や保証方針の明示、苦情対応義務が課されます。さらに税務面では、源泉徴収制度の導入により脱税を防止し、国内外の販売者が公平に税負担を担うことが狙いです。
もっとも、実効性を確保するには複数機関間の調整やデジタル監視基盤の整備が不可欠であり、中小企業や外国企業にはコスト増という負担が生じます。特にアルゴリズム開示は企業にとって大きなリスクとなり得るため、今後の運用ガイドラインに注目が集まります。
総じて、この草案はベトナムのデジタル経済における透明性と責任を強く打ち出したものといえます。企業にとっては、早期の対応が競争優位と信頼確保につながります。新法の施行を見据え、コンプライアンス体制や現地拠点の整備を進めることが、今後の成長市場で存在感を示す鍵となるでしょう。