世界秩序が揺らぎ、国際社会が不確実性を増すなかで、シンガポールがどのように安全と安定を確保していくべきかについて、リー・シェンロン上級相は明確な指針を示した。1月8日、ISEASユソフ・イシャク研究所で開かれたリージョナル・アウトルック・フォーラムでの対話において、同氏は「経済的成功」「信頼できる軍事力」、そして「地域および国際的な協力関係」の3点が、小国であるシンガポールが今日の世界を生き抜くための鍵だと語った。
リー氏はまず、国家の安全を支える前提として経済力の重要性を強調した。経済が弱体化すれば、外交や防衛に必要な選択肢や手段を持つことができなくなるためだ。シンガポールはこれまで一貫して経済競争力の維持に努めてきたが、それは単なる成長戦略ではなく、安全保障の根幹でもあるという認識が示された。
防衛面では、長年にわたりGDPのおよそ3%を国防費に充て、信頼性の高いシンガポール軍を構築してきた点に言及した。これは他国を威嚇するためではなく、自国を守るための抑止力として不可欠なものだと説明し、今後もこの姿勢を維持していく考えを明らかにした。
さらに重要な要素として挙げられたのが、国際協力と多国間の枠組みである。リー氏はASEANを中心とした地域協力を重視しつつ、インド、中国、欧州連合といった域外の主要経済圏との関係構築も不可欠だと述べた。たとえ世界貿易機関(WTO)の枠組みが十分に機能しなくなったとしても、ルールに基づく貿易を志向する国々とのネットワークを維持することで、「弱肉強食の世界」に逆戻りすることを防げると指摘した。
また、シンガポールが大国間の対立のなかで「どちらか一方の陣営に与する」圧力を受けている現状についても言及した。リー氏は、できる限りそのような選択を避け、多方面との関係を保つことが合理的だと強調した。選択肢を複数持つことで、特定の国に過度に依存せず、主体的に行動できる余地が生まれるという考えだ。ロシアによるウクライナ侵攻への対応を例に挙げ、強い非難や制裁を行っても、それが即座に敵対関係を意味するわけではないと説明した点は、現実的な外交姿勢を象徴している。
ASEANの役割については、加盟国が一体となって外部の課題に向き合う重要性を認めつつも、同組織が超国家的な権限を持たないことも率直に語られた。全会一致を原則とするASEANの仕組みは、結束を保つために不可欠である一方、影響力には限界がある。実際、域内貿易の比率は全体の約2割にとどまり、米国や中国といった主要経済国が大きな影響力を持っているのが現実だと指摘した。
それでもリー氏は、ASEANは依然として価値ある枠組みであり、対話の場を提供し続けること自体が意義を持つと述べた。歴史的・内政的に根深い問題を抱える国々が存在するなかでも、協力を模索し続ける姿勢が地域の安定につながるという見方を示した。
不測の事態について振り返る場面では、2008年の世界金融危機と新型コロナウイルスのパンデミックを「ブラックスワン」として挙げた。いずれも突発的で深刻な影響をもたらしたが、国民の支持と結束、そして蓄積された資源によって、シンガポールは比較的軽い傷で乗り越えることができたと語った。
世界が混迷を深めるなか、リー・シェンロン上級相の発言は、小国であっても経済力、抑止力、そして多層的な外交を通じて、自らの運命に影響を与えることができるという現実的なメッセージを投げかけている。今後もシンガポールは、対立の狭間で柔軟かつ主体的に立ち回りながら、安全と繁栄の両立を目指していくことになりそうだ。














