小島嶼開発途上国(SIDS)が国際社会で正式に位置づけられたのは、1992年の地球サミットに遡る。当時、島しょ国が抱える特有の脆弱性が国連によって認識され、持続可能な発展に向けた支援の必要性が明確に示された。これに先立ち設立された小島嶼国連合(AOSIS)は、世界の国連加盟国の約2割を占める影響力を持ち、以降も島しょ国の集団として国際的な議論を主導してきた。1994年にはバルバドスでSIDSに特化した初の国連会議が開催され、現在に至るまで、島しょ国の課題は「特別な持続可能性の問題」として国連議題の中心に据えられている。
現在、国連がSIDSとして認める国・地域は57に及ぶが、その定義は固定されたものではない。宣言制であるため柔軟で、陸地が小さくても、地理的に島でなくとも、あるいは自治領であってもSIDSとされる場合がある。共通点として挙げられるのは、外的ショックへの脆弱性、小規模性、遠隔性、限られた資源基盤、そして気候変動を含む環境リスクの高さだ。しかし、SIDS自身はこの「小ささ」にとどまらず、新たな視点で自らを捉え直そうとしている。それが「大洋国家(Large Ocean States:LOS)」という新たな自己像である。
SIDSを取り巻く海域には、国連海洋法条約(UNCLOS)によって認められた200海里の排他的経済水域(EEZ)が広がっている。平均すると陸地面積の約28倍の海域を管轄し、世界の海洋の約3割に相当する広大な海を管理する立場にある。太平洋の10の島しょ国の陸地はフロリダ州程度の面積しかないが、そのEEZは月の表面積をも超える広大さに達する。つまり、SIDSは「小国」ではなく、「大洋を管理する国家」と言える存在なのだ。この認識は2010年代以降、各国首脳の国連演説などで強調されるようになり、島しょ国の主体的な戦略として定着しつつある。
このLOSとしての自覚は、海洋保全政策にも反映されている。特に海洋保護区(MPA)や大規模海洋保護区(LMPA)を設定する動きが顕著で、2017年にはクック諸島がEEZ全域を対象とした「世界最大の海洋保護区」を宣言した。こうした取り組みは、従来の「脆弱な小島」ではなく、「広大な海域を管理する主体」としての姿を内外に示すものとなっている。
しかし、このLOSへの移行は制度的な壁にも直面している。国連のSIDS分類は、1970年代の「後発開発途上国(LDC)」の概念を踏襲しており、陸上経済の指標が中心となっている。UNCLOS以降に島しょ国が手にした広大な海洋資源への視点が欠落しているため、必要な支援が十分に届かないという問題を抱えている。もしLOSとして正式な分類が確立されれば、海洋中心の経済開発に沿った支援が可能となり、島しょ国の戦略に大きな弾みがつくと期待されている。
ここで浮上するのが「ブルーエコノミー」という新たな成長モデルである。2012年のリオ+20会議を契機に国際的に広まった概念で、海洋資源の持続可能な利用と経済成長を両立させるものだ。観光・漁業・航運など既存産業に加え、洋上風力や波力、海洋バイオテクノロジー、深海鉱物資源といった新産業も注目されている。世界全体で海洋経済は3.5〜7%のGDPを占め、2030年には倍増する見通しがある。こうした潮流は、SIDSがLOSとしての立場を強化し、自らの海洋主権を経済発展に結びつける大きな後押しとなっている。
すでに、モーリシャスやセーシェルなどはブルーエコノミー戦略を国家政策に組み込み、専用の機関や法制度、財源を整備している。セーシェルは世界初の「ブルーボンド」を発行し、海洋保全と漁業管理に資金を投じるなど、国際的な注目を集めている。
一方で、ブルーエコノミーの実現には重大な障害も存在する。まず、広大なEEZを管理する能力が圧倒的に不足している。違法漁業、無許可の海底資源採掘、海洋汚染などを監視し、取り締まるための技術・装備・人材が足りない。これは「主権を持つが行使できない」という意味で「ポジティブ・ソブリンティ(積極的主権)」の欠如と呼ばれ、SIDSに共通する深刻な課題である。
さらに、海外からの投資を引きつけるには協力が不可欠だが、交渉力の格差によって不公平な契約を押し付けられる懸念も大きい。セントビンセント・グレナディーンのゴンサルベス財務相が指摘するように、島しょ国が自らの海洋資源を守るためには、公平な交渉環境と透明な投資基準が必要であり、国際機関やNGOの支援は欠かせない。
国際社会はすでにいくつかの枠組みを整えつつあり、世界銀行の「PROBLUE」や、IUCNのポジティブインパクト評価基準、WWFのブルーエコノミー原則などがその例である。これらは島しょ国が持続可能な形で海洋経済を成長させるための重要な指針となる。
持続可能な海洋利用の資金需要は年間1,700億ドル規模に達すると試算されており、民間資金やブルーボンド、デット・フォー・ネイチャー・スワップ(債務と自然保全の交換)など、多様な手法が模索されている。初期段階ではあるものの、海洋への投資は高い収益性を持つとの分析もあり、特に洋上風力への投資は1ドル当たり最大17ドルの経済効果を生むという推計もある。
SIDSがLOSへと舵を切る動きは、単なる呼称変更ではない。世界の海域の約3割を管理する潜在力を持つ一方、その主権を十分に行使できないという現実に直面しながら、島しょ国は新しい経済モデルであるブルーエコノミーを育てようとしている。課題は多いものの、その先には海洋国家としての自立と繁栄が広がっている。SIDSが真にLOSとして認められ、海洋資源を持続可能に活用できる仕組みが整備されれば、世界経済と海洋環境の双方にとって大きな前進となるだろう。














