ASEAN+3が進める決済革命と潜む新たな政策リスク

ASEAN+3のクロスボーダー決済が今、かつてないスピードで進化している。わずか数年前まで、国境を越えてお金を送るには時間と高い手数料が必要だったが、現在では多くのASEAN地域で送金や小額決済が数秒で完了し、費用も大きく抑えられるようになった。この静かな革命は、急速なデジタル化と地域協力の深化が生み出したものだ。ASEAN加盟国に中国、日本、韓国を加えたASEAN+3では、決済システムの近代化が地域統合そのものを支える基盤となっており、その進展は利便性を超えて金融インフラの再設計につながっている。ただし、利便性の向上に伴い、金融安定や通貨主権に新たなリスクが生まれる可能性も指摘されている。

近年、ASEAN各国は高速決済システム(FPS)の相互接続で大きく前進した。2021年にタイのPromptPayとシンガポールのPayNowがリアルタイムで連携したことは象徴的で、送金は数秒で処理され、コストも従来に比べて大幅に低減された。現在ではカンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ベトナムとも実質的につながり、域内の大部分のクロスボーダー決済が高速化している。観光依存度の高い国では、QRコード決済の相互運用により、旅行者の小額決済がスムーズになり、地域経済への効果も現れ始めている。また、ASEAN全体をつなぐ共通QRフレームワークの開発も進んでおり、将来的には「海外でも国内と同じように支払える」環境が整う見通しだ。

さらに、複数国のFPSを一つのハブで結びつける「Project Nexus」が進められており、成功すれば“決済のインターネット”とも呼べる次世代インフラが誕生する可能性がある。これに加えて、各国は現地通貨建て取引を促進するローカルカレンシー・セットルメント(LCS)にも力を入れている。日本とインドネシアが2020年に始めた円・ルピアの直接決済をはじめ、ASEAN域内のLCSは5年間で7%から15%へと急増。貿易や投資における為替リスク軽減の取り組みは着実に進んでいる。

技術面では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の実証実験が盛んだ。BISのProject AgoraやRialto、香港金融管理局が主導するmBridgeなど、複数のプロジェクトがリアルタイムの貿易決済を試験している。ASEAN+3は世界的な潮流に追随するだけでなく、むしろ最前線で新しいモデルを形成しつつあると言える。

一方で、民間主導の安定型暗号資産「ステーブルコイン」が急速に存在感を増している。世界の仮想通貨市場におけるシェアは8%を超え、時価総額は3,000億ドル規模。フィリピンやベトナムでは、すでに海外送金や小規模事業者の決済で広く利用されている。しかし課題も大きい。匿名性が高い取引はマネーロンダリングの温床になり得るうえ、一部では資本規制を迂回する手段として利用され、金融政策の効力を損なう可能性もある。特に米ドル連動型ステーブルコインが普及すれば、“デジタル・ドル化”が進む恐れがあり、通貨主権の揺らぎにつながりかねない。

欧州や日本、米国ではすでに厳格な規制整備が進む一方、ASEAN+3では国ごとのルールにばらつきがあるため、監督や資本規制の共通基準づくりが急務となっている。

こうした動きを踏まえると、今後の政策の焦点は多様化しつつある決済手段をいかに安全で強靭なエコシステムとして育てるかにある。高速決済、CBDC、ステーブルコインといった多様なチャネルを結びつけるためには、相互運用性の確保、規制協力の強化、現地通貨利用の促進、官民連携の深化、そしてサイバー攻撃や地政学リスクに備える冗長性の構築が不可欠だ。

将来のASEAN+3のクロスボーダー決済は、特定の仕組みが覇権を握る姿ではなく、多様なプレーヤーが共存し補完し合う“進化する生態系”として形成されていくだろう。金融インフラは一度整えれば終わりではなく、環境の変化に応じて成長し続けるものだ。ASEAN+3が今後の進化を主導するためには、利便性だけでなく、強靭性、包摂性、そして通貨主権の確保を両立させる視点が欠かせない。AMROは今後も各国の政策パートナーとして、この変革の支援を続けていくとしている。

https://amro-asia.org/asean3s-cross-border-payments-revolution-and-its-new-policy-risks