太平洋の真ん中に浮かぶアメリカ領サモアでは、海こそが命そのものだ。しかしその「命」が、いま危機にさらされている。気候変動、産業的な乱獲、そして新たに迫る深海採掘の波――この三つの脅威が、島の経済と文化、そして人々の暮らしを揺さぶっている。
首都パゴパゴの港には、漁船のエンジン音が絶えない。だが、漁師たちは口をそろえて「海が変わった」と言う。かつて無限に思えた海の恵みが減り続け、燃料費は高騰。アメリカ政府が太平洋の海洋保護区を再び商業漁業に開放するかどうか議論するなか、島の人々の声はかき消されつつある。
島の経済はツナ漁に依存しており、その中心にあるのがスターキスト社の巨大な缶詰工場だ。ここではおよそ2,000人が働き、民間雇用の約8割を占める。しかし、乱獲によって太平洋の魚群は激減し、現地の小型漁船が苦戦する一方で、中国などの大型漁船団が海を席巻している。
アメリカ領サモア海洋・野生生物資源局(DMWR)のナサン・イラオア局長は、「ツナは私たちの文化と生活の血液だ」と語る。彼は、深海採掘を漁業の代替産業として推進する動きに警鐘を鳴らす。「短期的には利益があるように見えても、漁業という経済の柱を崩すことになりかねない」と述べ、今後も地域の利益を守る姿勢を強調した。
一方、ワシントンでは深海採掘への動きが加速している。アメリカ政府は、コバルトやニッケル、マンガンなど、クリーンエネルギーや防衛産業に必要な資源を確保するため、アメリカ領サモア周辺の海底を開放しようとしている。だが、これに対し、環境団体や科学者たちは強く反発している。
海底には、まだ人類がほとんど知らない生態系が広がっている。採掘によって発生する濁流はサンゴや深海生物を覆い尽くし、回復には数百年かかる可能性があると指摘されている。島の北岸でエコリゾートを営む活動家ティサ・ファアムリ氏は、「私たちはすでに海面上昇とサンゴの死滅に苦しんでいるのに、今度は深海までも奪われるのか」と訴える。
アメリカ領サモアのプラ・ニコラオ・プラ州知事も、「開発よりも環境保全を優先すべき」として、深海採掘計画の全面的な環境調査を求めている。連邦議会のアムア・アマタ議員も同調し、「我々の青い海を濁らせてはならない」と警告した。
一方、アメリカ本土の企業は「環境に配慮した新技術」を掲げて採掘の正当化を図る。カリフォルニアの企業インポッシブル・メタルズ社のCEO、オリバー・グナセカラ氏は「科学に基づく責任ある採掘が可能だ」と主張するが、島の人々の不信感は拭えない。
太平洋の島々は、かつてリン鉱石採掘や核実験で外部の決定に翻弄された過去を持つ。今、アメリカ領サモアは再び“誰かの都合”によって海の未来を決められようとしている。
それでも、希望はある。地元の村々では、伝統的な知識を活かしたマングローブ植林やサンゴ礁再生プロジェクトが進められている。ファアムリ氏は「私たちは海の鼓動を誰よりも知っている。外からの命令ではなく、自分たちの手で未来を選びたい」と語る。
アメリカ領サモアの人々にとって、海は地図ではなく系譜――祖先から受け継いだ生命の証だ。その海を守ることは、過去をつなぎ、未来を守ることでもある。ファアムリ氏の言葉がそれを象徴している。














